Foreign Landscape

愛が欲しいです。

殆ど何を示そうとしているのかもわからない、という意味では伊藤計劃的ではある。

「伊藤計劃以後」の耐えられない軽さ - 脳髄にアイスピック

どういう評価基準が「伊藤計劃以後」なのかも、もうそれこそ「虐殺」以前にとっくに流通の飽和状態にあって陳腐化してただろ、と思われるようなものが驚嘆に値するような達成であるかのように語られているものを見るにつけ思っていたことですが、こうした煽りを私が傍目から見て気色悪いと思うのは、内実と技術の無さを矢鱈と大仰な言葉で装飾してお調子者を巻きこもうというそのTV的軽薄さがみえみえだから。ハヤカワ文庫の帯に伊藤計劃の字を見ただけで微妙な面持ちにさせられるのは私以外にも結構いることも今ではわかりましたし。

 

ま、結局のところたがか一作家でしかない伊藤計劃を未だ自らのマイルストーンに置こうとする日本SFをとりまく批評者たちの自意識のしょぼさは、個人的にもっているSFのクールさとは対極にある、ていうのが私の中でもやもやと存在していただけではあるのですが。殆どの小説批評家とその周辺の微妙な面した信者たちなんてアジとスローガンをうのみしてるだけの人間だし(言った当人も言ってることの真偽を信じてない)、そもそも小説は脳のおかずでしかないんだし、些事として片付けられればいいんですけど。まあ上の引用の人はよかった。よくわからないけど、こういう読み手がSFやら小説を豊かにしてきた功労者なのかも。